その道具で、生き残れるか。
雷神雷火 開発秘話
アウトドア、そしてサバイバルにおいて、炎を生み出す道具は命に関わる。
俺が欲しかったのは、ただ火花が出る道具じゃない。
己の命を預けられるファイヤースターターだった。
身体を温める。
濡れた衣類を乾かす。
水を煮沸し、食料を調理する。
野では、火を起こせるかどうかが、そのまま生死を分けることがある。
だから俺は、ずっと疑問に思っていた。
己の命を預けてもいいと思えるファイヤースターターが、なぜないんだろう。
そこから、すべてが始まった。
命を預けられるファイヤースターターが無かった
当時、市場にあるファイヤースターターをいくつも見てきた。
グリップすらなく、ただのロッドだけで販売されているもの。
携行することまで考えられていないもの。
木製の持ち手が付いていても、実際に使っている最中にロッドからすっぽ抜け、その瞬間に使用不能になってしまうものもあった。
もちろん、火花は出る。
でも俺が求めていたのは、
「火花が出る道具」ではなかった。
雨の中でも。
寒さの中でも。
手がかじかんでいても。
必要な時に、確実に使えること。
一度手にしたら、長く使い続けられること。
そして何より、
命を預けられること。
アウトドアやサバイバルの世界で、炎を生み出す道具が途中で使えなくなることは、単なる「道具の故障」では済まない場合がある。
だからこそ、壊れにくい。
抜けない。
失わない。
必要な時に、すぐ使える。
そこまで含めて一つの道具として成立させたかった。
その条件を満たすファイヤースターターを、自分たちで作る。
それが「雷神」の始まりだった。
雷神を作るために決めたこと
まず考えたのは構造だった。
ロッドとグリップが抜けることは絶対に許されない。
そこで、グリップとロッドを強固な貫通ネジで固定する構造にした。
ただ差し込むだけではない。
強く擦っても、繰り返し使っても、簡単には抜けない。
しかし、フェロセリウムロッドそのものは使えば少しずつ消耗していく。
だからといって、ロッドを使い切るたびに道具そのものを捨てるような構造にもしたくなかった。
雷神は、ロッドを交換できる。
グリップはそのまま使い続ける。
傷が増える。
木が手に馴染んでいく。
真鍮にも使い込んだ跡が残る。
そして少しずつ、自分だけの道具になっていく。
命を預ける道具だからこそ、長く付き合えるものでありたかった。
圧倒的な着火力は、火花の量だけでは生まれない
雷神で追求したのは、単純な「火花の強さ」ではない。
重要なのは、
火花を、狙った場所へ確実に落とせること。
どれだけ大量の火花が出ても、火口に当たらなければ意味がない。
そのために、グリップ形状を突き詰めた。
しっかり握れること。
力を掛けやすいこと。
ストライカーを強く引けること。
十分なストロークを取れること。
そして、その一連の動作の中で、狙った火種へ火花を集中させられること。
雷神の圧倒的な着火力は、ロッドだけの性能ではない。
握りやすさから生まれる擦りやすさ。
十分なストローク。
安定したグリップ。
火花をコントロールできる操作性。
そのすべてが合わさって初めて成立する。
結果として、着火難易度の高いフェザースティックにも、より容易に火を入れることが可能になった。
俺たちが求めたのは、
強い火花を出す道具ではなく、炎へつなげられる道具だった。
真鍮フックにも、理由がある
雷神のグリップに取り付けた真鍮製フック。
これも、ただの装飾ではない。
まず、カラビナを通すことでザックへの外付けを可能にした。
ファイヤースターターは、必要な時に探す道具ではない。
必要になった瞬間、すぐ手に取れる場所にあるべきだと思っている。
だからザックの奥にしまい込むのではなく、
常に携行できる道具にする。
それが一つ目の役割だった。
さらに、この真鍮フックにはもう一つ役割がある。
ファイヤースターターを擦る動作の中で、手に引っ掛かる抵抗が生まれる角度に設計した。
ストライカーを強く引いた時でも、グリップが手からすっぽ抜けにくい。
携行するためのフックが、そのまま使用時の操作性にもつながる。
一つの部品に、一つ以上の意味を持たせる。
雷神は、そうやって形になっていった。
それでも、疑問が残った
雷神が完成した。
ファイヤースターターとしての性能には自信があった。
でも、実際に野で使い続けるうちに、一つの疑問が残った。
ファイヤースターターだけで、本当に生き残れるのか。
その疑問を強く意識したのが、一週間近く雨が続いたキャンプ地だった。
周囲にあるものは、ほとんど濡れている。
現地で調達できる乾燥した火口は乏しい。
気温も低い。
身体が冷えているような状況では、腰を据えてフェザースティックを作っている余裕すらないことがある。
それでも、身体を温めるためにはすぐに焚火が必要になる。
そこで改めて気づいた。
どれだけ優れたファイヤースターターを持っていても、
火花を受け止める火口がなければ炎にはならない。
雷神の次に必要だったものは、さらに強烈な火花ではなかった。
必要だったのは、
どんな状況でも炎へつなげられる、確実な火口だった。
雨の中で残ったもの
その時、携行していたものの中に蜜蝋があった。
周囲のものが濡れる状況でも、蜜蝋は水を弾いていた。
低温下でも扱うことができた。
そこで、その蜜蝋を麻縄に擦り付けて簡易的な火口を作った。
雷神から火花を落とす。
着火した。
この経験が大きかった。
雨が降っていない時だけ使える火口では意味がない。
乾燥した素材が簡単に手に入る時だけ使えるものでも足りない。
必要なのは、
装備のすべてを濡らしてしまったような状況でも、炎を生み出せる火口。
ここから「蜜火縄」の開発が始まった。
撥水では意味がない
蜜火縄の開発では、何種類もの天然素材の縄を試した。
求めたのは、ただ燃える素材ではない。
水に強いこと。
低温でも扱えること。
ファイヤースターターの火花で着火できること。
炎を維持できること。
そして携行できること。
石油系のパラフィンも試した。
しかし、厳冬期になると硬くなり、俺たちが求めていた扱いやすさを失ってしまった。
寒さの中でも必要な柔らかさを保てる素材を探していく中で、自然素材へと行き着いた。
蜂の巣から得られる蜜蝋。
実際の試験でも、蜜蝋は低温下で必要な扱いやすさを保った。
そこから、防水性と着火性を両立させるため、蜜蝋をベースにした独自の配合を詰めていった。
縄も何種類も試した。
素材によって、油分の入り方も違う。
火花の拾い方も違う。
炎の立ち方も違う。
燃え続ける時間も変わる。
そうやって試験を繰り返し、
現在の特殊な麻縄と蜜蝋ベースの配合へたどり着いた。
「濡れても燃える」では足りない
ただ撥水するだけの火口では意味がない。
俺たちが求めたのは、
「防水」と言えるレベルだった。
縄の繊維。
油分。
蜜蝋の配合。
そのバランスを詰めていく。
繊維と油分が高次元で噛み合った時、濡れた状態でもファイヤースターターの火花から炎を立ち上げることが可能になった。
流水に30分以上浸した直後からの着火試験。
雪山での着火試験。
そして、
−16℃の環境でも着火に成功した。
でも、俺たちはここでも、
「火がついたから完成」
とは考えなかった。
火がつくことがゴールではない
ファイヤースターターの仕事は、火花を出すことではない。
火口の仕事も、火がつくことだけではない。
俺たちが本当に必要としているのは、
焚火への着火だ。
だから蜜火縄に求めたのは、
火花を受けて一瞬燃え、すぐに消えてしまう性能ではなかった。
炎を焚火へ託すまで、燃え続けること。
蜜火縄は、引き出す長さによって燃焼時間を変えることができる。
約5cmで、およそ5分。
この数分間が重要だった。
ファイヤースターターの火花だけでは直接火を移すことが難しい大きさの小枝でも、蜜火縄が炎として燃え続けることで着火しやすくなる。
ファイヤースターターの火花から、蜜火縄の炎へ。
蜜火縄の炎から、小枝へ。
炎を上げた小枝から、薪へ。
火花を炎に変え、その炎を焚火へ託す。
蜜火縄は、その間をつなぐために作った。
そして、もう一つの問題に気づいた
一般的なファイヤースターターで火口へ着火する場合、まず火口を置く場所が必要になる。
できるだけ乾燥した場所に火口を置く。
そこへ狙って火花を落とす。
晴れていれば、それでいい。
でも、
雨のブッシュではどうする。
雪の中ではどうする。
周囲すべてが濡れていたらどうする。
乾燥した場所そのものを探すことが難しい。
さらに低温環境では手がかじかむ。
震える指先で、小さな火口へ正確に火花を落とすこと自体が難しくなる。
そこで考えた。
雷神には、抜群に安定したグリップがある。
だったら、
蜜火縄そのものを雷神の先端にセットできないか。
地面に火口を置く必要をなくす。
雷神を手に持ったまま、
空中で直接、蜜火縄へ着火する。
この発想から「雷火」の開発が始まった。
世の中にない構造を作る
ファイヤースターターの先端に、蜜火縄を安定して固定する。
言葉にすると簡単だ。
でも、参考にできる道具はなかった。
世の中にないプロダクトを、一から設計することになる。
その構築は困難を極めた。
火口を先端に保持しなければならない。
携行中も抜けてはいけない。
使う時にはすぐに展開できなければならない。
着火を邪魔してもいけない。
最初の構造では、
携行中に蜜火縄がパイプから抜けてしまう
という問題が起きた。
これでは意味がない。
どれだけ優れた火口でも、
いざ使おうとした時に無くなっていたら意味がない。
非常時に頼る道具なら、
必要な時に、必ずそこにあること。
そこまで含めて完成させなければならなかった。
Dリングという答え
最終的にたどり着いたのが、Dリングを使って蜜火縄をロックする構造だった。
Dリングによって蜜火縄を固定する。
携行中のすっぽ抜けを防ぐ。
そして、雷神の先端に蜜火縄を確実に保持する。
さらに、このDリングにも一つ以上の役割を持たせた。
着火時の操作を補助する。
そして緊急時には、蜜火縄を簡易的な灯火として使用する際の吊りリングとしても機能する。
携行のためだけでもない。
固定のためだけでもない。
一つの部品に複数の役割を持たせる。
雷神と同じ設計思想だった。
こうして、
ファイヤースターターと火口を別々に持ち歩くのではなく、
セットで、即使用できる状態のまま携行するシステム
が完成した。
雷から、火を起こす
人類が自ら火を起こす術を持たなかった時代。
落雷によって生まれた炎を利用したとも考えられている。
雷が落ちる。
そこから炎が生まれる。
そのイメージから、俺たちはファイヤースターターを
「雷神」
と名付けた。
炎を与える神、雷神。
そして、
雷神の火花から炎を生み出す機構を
「雷火」
と名付けた。
雷から、火を起こす。
雷神は雷火を得て、
「雷神雷火」
となる。
ファイヤースターターと火口を一つにすることで、
火花を飛ばすだけの道具から、
その手の中で炎を生み出す着火具へ。
俺たちが目指していたものが、ようやく形になった。
自信が、確信に変わった野営
秋の半ば。
山で野営の設営準備をしていた時だった。
突然のゲリラ豪雨。
山の天気は変わりやすい。
分かっていたはずだった。
それでも、その日は完全に油断していた。
急激に気温が下がる。
風が吹く。
設営途中だったこともあり、装備の大半を濡らしてしまった。
衣類も濡れた。
とにかく身体が冷える。
まず、火が必要だった。
焚火を起こして身体を温めたい。
そして濡れた衣類を乾かしたい。
しかし、周囲にある薪も小枝も雨で濡れている。
そして当然、
雷神雷火も濡れていた。
震える手で雷神雷火を握った。
蜜火縄をほどく。
火花を落とす。
濡れていることをものともせず、
蜜火縄から炎が立ち上がった。
その炎を、雨で濡れた小枝へ託す。
小枝から薪へ。
やがて焚火が立ち上がった。
身体を温める。
濡れた衣類を乾かす。
炎を見ながら、その時改めて思った。
その道具で、生き残れるか。
雷神を作ろうと思った時から、自分に問い続けてきた言葉だった。
そして、その野営で答えが出た。
俺たちには雷神雷火がある。
己の命を預けられる着火具を作りたい。
そう思って始めた開発だった。
その日、
自信が、
確信に変わった。
「もしも」を考える人たちへ
雷神雷火は今、
単なる焚火ギアとしてだけではなく、
有事を想定して野へ入るベテラン野営師たちからも支持されている。
雨。
雪。
低温。
強風。
装備の水没。
野では、想定していなかったことが起こる。
晴れている時に火がつく。
それだけでは足りない。
経験を積んだ人ほど、
「今日は晴れているから大丈夫」
ではなく、
「もしこうなったら」
を考えて装備を選ぶ。
雨が降ったら。
気温が急激に下がったら。
装備を濡らしたら。
手が思うように動かなくなったら。
その時でも、この道具は使えるのか。
火を起こす道具なら、なおさらだ。
命を預けられる相棒を
俺たちが作りたかったのは、
ただ火を起こすための道具じゃない。
雨の中でも。
雪の中でも。
凍えるような寒さの中でも。
必要な時に、確実に炎を生み出せること。
携行している時から、
火花を生み出し、
炎を立ち上げ、
焚火へつなぐところまで。
一つの着火具として成立させる。
その道具で、生き残れるか。
雷神を作り始めた時から、
ずっと自分に問い続けてきた。
雷神は雷火を得て、
雷神雷火となった。
火花を生み出す道具から、
炎をその手の中で生み出す着火具へ。
そして今、
俺たちなりに出した答えを届けたい。
命を預けられる相棒を、手に入れてほしい。
EVOLUTION MOUNTAIN
YAMAKEN